2012年01月22日

とある農家の農法(2/4回目) 生き物と環境。


その「野菜の本気」を感じさせてくれる
野菜を育てる手伝いをする農家さんがいます。

仲居主一さん その人であります。


その仲居さんの農業の特徴。

決して一言で表現できず、
言葉だけでは伝わらないものもありますが、

「『生き物と環境』にしっかりと向き合い
作物の力が最大限発揮できる環境づくりを行う」

ことと言えます。



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>どんな若者にも、生き物にも、
 謙虚さを決して失わない仲居主一さん



種にあった気候風土・種まき時期・生長過程・生長時間など、
その「生き物」に最も適した「環境(育つ側の旬)」を観察し
読み解く努力を惜しみません。

だから作物も本来の成長スピードで
じっくりと育ち、
その細胞はとても緻密となります。


ニンジンを例に出せば
一般のものが120日で収穫するのに対して、
「仲居さんのレトロニンジン」は
「収穫の旬」を見極めて、なんと約130から150日もの
長い間 成長させます。

その「レトロニンジン」を口にすると、
野菜の細胞の一つ一つが
渾然一体になって身体に
染み渡るようにも感じます。



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>収穫されたばかりのレトロニンジン。
 冬の太陽に照らされ輝いている。


仲居さんが言います。

「私の農業はなにかって、それは生き物産業ですよね。
 生き物と環境。土を取り巻く環境で生きる植物の
プロセスに向き合うことをもっとも大切にしています」


生命には体内時計があるといわれています。
このメカニズムを解明すると
ノーベル賞を取ることができるといわれるほど……。



「肥料をやってしまうと、植物はその本来の体内時計よりも
早く生育してしまい本来の生育のプロセスを辿れない」

そうしてできた野菜は
本来の味わいを出さなくなってしまうのです。

「たくさん「獲ろう獲ろう!」と肥料を使うことが、
野菜の本来の生育リズムを崩してしまうこともある」

「その結果、本来のリズムと狂った野菜は弱くなり、
病気がちになり、農薬なしには育てなくなってしまう」

とも仲居さんは言われます。



人間都合よりも先に自然を置く。

人間都合よりも上に自然を置く。


それぐらいの意識でちょうど、
人間都合と自然界のありさまが
いいバランスになる。

自然栽培で成功する農家に共通した感性といえます。

しかし仲居さんはその中でも、
そういった感性に秀でた農家だと
その観察力をはじめとした自然と向き合う姿から
感じずにはいられません。


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■写真つきで情報満載のページはこちら。
期間限定で、仲居さんのやさいもご購入いただけます。
http://www.naturalharmony.co.jp/trust/TRIAL/nakaivege/20120120nakaivegeTR.html

■一年を通したニンジンの生長を追う。
http://www.naturalharmony.co.jp/trust/harmonic-trust/resume/carrot.pdf

■そのまなざしが、サツマイモを「観る」。
http://www.naturalharmony.co.jp/trust/TRIAL/nakaivege/nakaisweetpotato.pdf

■詳しい生産者紹介はこちら
http://www.naturalharmony.co.jp/trust/seisansya/nakai.html
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2012年01月21日

とある農家の農法(1/4回目) 野菜の本気。


みなさん こんにちは。
ハーモニック・トラストの尹です。

これから4回に分けて、
とある農家さんを紹介していきます。

ただの生産者紹介でなく、
その生き様や自然を観察することを紹介していきます。


私の人生に多大なる影響を与え、
応用する力・観察する力そして謙虚さ
などの大切さを学ばせていただきました。

そして今なお、自らの実践を通じて
それらを蓄積することは進行中であります。



自然を観続けた農家の言葉。

自然があらわす姿や形の意味するもの。


意識を向けないと
ザルのように抜け落ちていくたくさんのこと。

その中のものを自分の人生において
拾い上げ、ヒントにして、実践することで
どれだけ新たな世界(実在も存在も)が目の前に
表れることか。

とも考えると、なんだか楽しくなってきませんか?


では、今回は「旬」という視点から
考えていきたいと思います。



そもそも「旬」って何なのでしょうか?

・作物がとってもおいしくなる時期……。

・価値が最も高まる時期……。

でも、これも植物などの生き物が
一生をどのように過ごしたか
実はこのことと深い関わりがあります。



「旬」を育つ側から考察してみます。

種をまき、
ある程度の条件であれば、
作物は自然と育ち
収穫に至ることができます。


しかし実際には、
種・芽・葉・根など
一つの命でもさまざまな変化を遂げながら生長し、
実を結び、種を残します。

また、種がまかれる土の性格や
気候風土も作物の生長には大きな影響があります。



その生長過程で、

「どのような条件であれば、
作物は最大限に力を発揮できるのか」

このような条件 = 場を準備して
「育つ側の旬」を捉えることが
農家の“腕のみせどころ”であると思います。


そしてそれが「野菜の本気」
すなわち“味わい”となって表現され、
食べた人の感動を生むのでしょう。

本気とは本来の気・モトの気・気は生命にみなぎる力……

そうしたものを私たちは美味しいと感じるのですね。


★次回に続く……


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■写真つきで情報満載のページはこちら。
期間限定で、とある農家のやさいもご購入いただけます。
http://www.naturalharmony.co.jp/trust/TRIAL/nakaivege/20120120nakaivegeTR.html

■一年を通したニンジンの生長を追う。
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■そのまなざしが、サツマイモを「観る」。
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■詳しい生産者紹介はこちら
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2012年01月20日

自然に潜むことわりに魅せられて

海と山に囲まれた南紀州に生きる梅農家の物語

自然栽培南高梅の梅干 ぽんかんやネーブルの生産者 !


2012年1月 和歌山県日高郡みなべ町 三尾農園 三尾保利 さんを訪問してきました。
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■海底から隆起した南紀州の風土

和歌山県日高郡みなべ町。大阪から南へ向かっていくと、海からすぐ山がせり立つ
紀伊半島ならではの地形が続いていく。
南紀といわれるこの地域は冬でも陽だまりは暖かい地域だ。

 

海岸部はかつて海底が隆起してできた地形。海からすぐに山がせり立っている
その土壌は岩が多く、いわゆる豊かな土ではない。豊かな土の一要素である腐植が
少ないのだ。その分、ミネラルが豊富な土。
通常、土壌ペーハーが5とか5.5のところが多い日本の酸性土壌にあって、
ペーハーが7くらいはある土地柄だ。ちなこうした地形で古人たちは梅やみかんなどの
果樹栽培に目をつけた。南紀の海岸部では樹は大きくはならないが味のいい果実が実る。


和歌山県日高郡みなべ町といえば、南高梅の大産地。紀州支藩である田辺藩の
藩主安藤直次が、地域振興のため美味しい梅の生産を奨励したのがはじまりだという。


梅とともに、もう一つ有名なのが紀州備長炭だ。春から夏にかけて梅を栽培し、
冬は炭を焼く。紀州の炭は、硬いウバメガシなどを高温で焼いて作られる。
すると炭素率の高い高級な炭ができる。これが有名な紀州備長炭だ。


半農半漁の農家も多かったが近年は魚が減っているという。そして紀伊半島の
南端までくると、かつては日本中で沖縄より東京から遠いといわれたほど、
海と山だけに囲まれた地域が広がる。
そんなみなべ町で冬の陽だまりの中、三尾農園を訪ねた。三尾保利さんと梅や
みかんの木々が出迎えてくれた。


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三尾保利さん 64才。


■三尾さんのこれまでと自然栽培への動機
すっぱい梅がなぜいいのか、梅干のひみつなど、梅農家だから梅のことを勉強するうちに
医学的見地で食を見つめるようにもなり、マクロビオティックと出会った。自ら即日、
圧力釜を買って玄米を食べてみた。梅と玄米とが相性のいいことを知り、玄米菜食を
はじめたのだそうだ。


「これはうまい!」と思ったという。そんな中、食生活が変わることで、体調が変わり、
確かな感覚を持つようになったという。そして自然食に出会い、病気が食でなおる
事実を知った。


自分は農家だ。どうせ梅を作るなら、そして食べるなら無農薬で作ろうと思うように
なった三尾さん。もともと農薬散布が一番きらいな作業だったこともあり、農薬の使用を
やめる決意をした。自らの生活の改善を通して病気の理屈は、人も果樹も一緒だと
思ったのだという。


1984年、面積の少ない柑橘はまず、一気に全部無農薬にした。
次に梅は生活の柱だったので、一部ずつ無農薬に変えたという。
1年目はいいものができた。
3年目になるとどんどん悪くなったそうだ。
カイガラムシが出てどうしようもなかったこともあった。
3年目、冬にはカイガラムシの影響でマシン油を使わざるを得ない状況だった。
しかし、もう1年だけ辛抱した。だめだった梅の実はあきらめて4年目を続けた。
4年目には少し、カイガラムシが減った。そして5年目からは年々減ってきているのだという。


■害虫がつく樹とつかない樹の違いとは……!?
そんな中、三尾さんはあることに気づいた。同じように梅を栽培していても、実は害虫が
つく樹とつかない気があるのだ。どこに違いがあるのか三尾さんは監察してみたという。
すると大きく茂った樹にはどうも虫のつく量が多い。大きく茂っているのはなぜかといえば、
それは肥料の影響。もしかして肥料が梅の樹に害虫を呼んでいるのではないかと
三尾さんは思った。


南紀州はみかんなど柑橘の産地でもある。柑橘類で通常、有機肥料を一年に3回は入れる。
このことに疑問を抱き、2002年に肥料を減らしはじめた三尾さん。
肥料の使う量を1回にしてみたという。それでも樹の勢いが変わらなかったのだ。
そして害虫は減ってきていた。有機肥料、有機肥料というが、これまでの有機肥料は量の度が
過ぎていたのだと感じたという。


■自然と決意した自然栽培
そんなタイミングで2008年に、ナチュラル・ハーモニー主催の自然栽培果樹セミナーを
受けられた。講師に自然栽培30年の畑作の先駆者高橋博氏、
切り上げ剪定で常識の真逆をいく道法正徳氏、
ナチュラル・ハーモニー代表河名秀郎が講師だった。

本当に目からウロコが落ちるようだったという。
そして、自分のやっていたことは間違いではなかったと確信した三尾さん!
一騎に自然栽培をやることを決意された。


「一部の畑から始めてくださいという高橋氏やナチュラル・ハーモニーの指摘は
理解できたが、自分はこれまで積み上げてきていた感覚もあり、
やはり止められない気持ちもあり、一騎にやることにした。」


そういう三尾さん。そんな三尾さんも農業のことは乗り越えられてきているが、
よくあることだが父親の反対でとても苦労をされたそうだ。家の中が大変だったという。
ただ奥様の理解があったのでよかったのだそうだ。


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そんな奥様の手料理をいただいた。お話を伺うと、ご主人の三尾さんを本当に
理解されていることが伝わってきた。いただいたお昼も本当に手が込んでいて、
ひとつひとつ大切に作られている印象だった。

魚のヒレをぴんとさせて煮る方法やおいしい小豆入りの玄米ご飯、地元の海で取れた魚。
お客様に出したものはメモをして、二度と同じものは出さないという徹底振りだそうだ。
そのおもてなしに思わず頭が下がった。


三尾さんの取り組みを本当に応援されている姿が伝わってきて、
なんともこちらもうれしい気持ちになった。


■先代からの三尾さんの果樹園
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三尾さんのお父様は分家の末っ子だったそうだ。
第二次大戦から帰ってきて農業を始めるというときに土地を他に求めようとすると
急峻な地形で北向きの土地しか、最初は手に入らなかったという。
いまでこそ、写真のモノラックで運搬できるが、かつては歩いての作業だったので
大変だった。道をつくりエンジンつきの一輪車で急な勾配の果樹園で作業をしていたそうだ。
 
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急峻な勾配の園地での作業にかかせない。モノラックという運搬機

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昔はこんな勾配のあるところで、機械もなかったのだから大変だったとのこと。

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たまにお邪魔して乗らせいただく分には、乗り心地もスリルがあっていい。
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途中、結構見られるのが、イノシシがひっくり返して土が掘り起こされている後。
アライグマやたぬき、いのしし、鹿が多いので電気の通った作をポンカンの畑では張り巡らしている。

 
■造成した土地の回復は10年
土地が少なく、山を削って谷を埋め、畑にして開墾しているところが結構あるという。
上記の写真のように山の岩肌が見えると思うが、山を削った後で、その肌は全くの岩。
今、梅が植わっているところは、その岩だらけの畑に草をはやし、徐々に梅が育つように
なってきたのだという。こうして造成したところは、少なくとも10年はなかなかできないという。
しかし、できてくると作業性はやはりとてもよく、こうした土地も未来に向けて必要が土地なのだと感じた。
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写真奥の山を削って、谷を埋め、急峻な山間地に平らな園地をつくっている。


有名な梅の南高梅は、南高梅だけでは受粉して実をならすことができない。
三尾農園では久木梅(ひさぎうめ)という梅と南高梅を交互に植えて
受粉するようにしているという。久木梅は南高梅よりは小ぶりだがおいしい梅ができる。
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久木梅と南高梅が交互に植わっている。


■道法 正徳氏の切り上げ剪定の実施
道法正徳氏の切り上げ剪定にも、早速、取組まれていた。自然栽培において、
先駆的に30年取組まれている高橋氏の話をした。自然栽培は肥料や農薬を
抜いていくことで、土の本来の力を発揮できる農業。果樹の場合、土だけでは
なく、肥料や農薬が樹にも残る。この樹に残る肥料や農薬をどうやって抜き去る
かがテーマだった。

道法 正徳氏の剪定は若い立ち枝を残して肥料・農薬をすった古い枝を切れるので、
肥料や農薬を樹から早くことができる。そして若い枝を常に残して樹の勢いを
保つことができるのだ。この樹に溜め込んだ肥料や農薬を抜けることが、
自然栽培の技術として適している。

そのことをお話したとき、ずいぶんと合点がいかれたようで納得されていた。
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下枝をチェーンソーで刈り立ち枝を活かす。
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勢いよく立ち枝が伸びている。

一般の栽培園では、下記の写真のように、主となる枝から小口が残るように切っている。
そうすると傷口の癒合が遅くなるので青い薬品を樹に塗る作業が派生する。
この作業は切る作業と同じだけの時間がかかる。
道法正徳氏の主となる枝にそって、切るやり方だと、ホルモンの働きで癒合が早く、
薬剤を切り口に塗る必要がなくなる。
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カミキリムシの害で枯れこんでしまったポンカンの樹。何本もの樹を枯らしてしまったことも。
肥料を減らすことでカミキリムシの害はなくなってきた。
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三尾農園 ネーブルの畑 60年の樹


三尾農園の梅干作り これからの季節の変遷(三尾農園にいただいた画像より)

 
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  梅の花が2月から3月に咲く
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  梅の実が実りはじめる。
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  梅の実が膨らむ
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 6月 実った梅を受けるネットを敷く
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  6月たわわに実った梅


三尾農園の梅干づくり
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  収穫後の調整
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  塩漬け
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7月から9月ごろまで干しては片付ける作業がつづく。
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  7月 干された梅
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  つけて1年たつ梅干

 

 

■貯蔵庫の様子

深海の深層水を使用している。黄海の衛星写真をみて汚染がひどいことを知り、
深海の水を使うようにしているとのこと。自然栽培のものは2008年に作り始めた
畑の梅だけを使っている。大粒でかなりおいしい南高梅だ。
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■自然栽培に取組む三尾さん
農薬の毒性などさまざまなことを考えれば、自然栽培の方向性に向いてくる
時代が必ず来る!三尾さんは、そう感じているという。
自然の摂理・ことわりはうまくできている。本物はシンプル。理にかなわないこと、
原理原則に沿わないことはやらない。山の樹や草に習って判断をするという三尾さん。


三尾さんはいう。
「万が一栽培で行き詰まって農薬を使うとか、今の栽培を断念しなければいけなくなった
としたら自分は農業をやめる。そんな覚悟だ。」
温和な中にみえる決意がなみなみならないものだった。
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株式会社ナチュラル・ハーモニー 田辺寛雄
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2011年12月26日

福島の稲作農家の現状

福島稲作農家の現状



今回のテーマ 「水俣の復活と福島稲作農家の現状」

● 福島の稲作農家の現状とは……!?
● 無農薬の組合が、農薬を使って売らなければならなくなる意味とは……!?
● 被災地のコンビニエンスストアに並ぶ写真集。
● 福島農家の語る水俣市復興の3つのスローガンとは……

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「あきらめなさい」

「覚悟しなさい」

「本物を造りなさい。」     
                                    

水俣病で有名な水俣市。
水俣病が広がったとき、農村の経済が徹底的なダメージを受けました。


その水俣市は、いまでは無農薬栽培に先進的に取り組む地域になっています。
ナチュラル・ハーモニー代表の河名も、水俣市の農協に何度か講演に呼ばれているほどです。
農協が、自然栽培に関心を示されるなんて、いままでは考えられないことでした。


水俣市に、どうしてそんな方向転換ができたのか。


そのときのスローガンが
冒頭の三つのキャッチフレーズだったそうです。


水俣病という汚名を背負ったところから立ち上がろうと懸命に戦われたのだと思います。
今、福島の農家は水俣病の時の水俣と、まさに同じような状況にあります。


先日、あるお米の食味コンクールに、ご縁をいただいて出席してきました。
その席で、福島の稲作農家の講演がありました。
自然栽培の農家さんではありませんが、無農薬に長年取り組んでいらっしゃる方でした。
被災地の状況をお伝えするのにいい内容と思い、今回お伝えさせていただきます。


なにも、やみくもに福島の農産物を食べようと言いたいのではありません。
今回の原発事故の代償がいかに大きいか。
農村で生きる人がいかに、その土地とつながって生きているか。
そしてそれが本来の姿であることを感じていただければと思うのです。
本来の姿が壊れたからこそ、心に傷を負う人が多いのだと感じています。


しかし、だからこそ乗り越える日本人、東北関東の人たち、
そして傷みを分かち合う多くの人々は、新たな建設ができるのだと思うのです。
以下は、福島の稲作農家さんの講演です。

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「最初に、福島県民移住を受け入れてくださった全国の方々に感謝申し上げます。」
この言葉から講演は始まりました……


私たちは、いまだ立ち直れるかどうか分からない状況です。
昔から土作りをしてきました。
代々、先祖が守ってきた土地を美しい土地を守り伝えるために
安心安全な農業を求めてやってきました。


原発については、今もなお深刻な問題で、深刻に悩んでいます。    

                    
現状、450万円分のお米の在庫があり、
それが売れなければ年末支払いができなくなるといいます。
そうすれば、ブラックリストにのって破産する可能性があります。
                                       

何十年も米つくりをやってきました。
無農薬で稲作りをやってきたのです。
楽しみにしているという人がたくさんいました。
しかし、ぱったりと買い手が減ってしまった。       

                                
自分たちの組合は、無農薬で作る組合でした。
しかし、無農薬では震災以降、販路が開拓できていないというのです。


無農薬を求める方は、
放射性物質を気にされる方が当然多いことも影響しているのだと思います。


そうするとどうしても、農協で売るしかなくなります。
農協での販売は、農協から農薬や肥料を購入することがセットです。
だから、農薬を使わなくてはならなくなる。


悩んだ結果、組合員各自が自己責任で決断して、
農協に販売するかどうかを決めることになりました。


今更、農薬を使った栽培はできない!


考え抜いた末、なんとかなるのではないかと思い、今年の米も作ったそうです。
4月はじめまで、稲を栽培することすらできるかどうかという環境だったといいます。


そして、
作っても売れるかどうかはわからないし、
作ることがいいかどうかという思いもありました。


しかし、作らなければ先祖から守ってきた農村の環境を守り続けることができない!
だから作付けをしました……。                       
そんなことが続き、
今まで丈夫で強い人でも心配ごとが多くなり、体調を悪くしている人が多いといいます。


売り場で福島の米は気持ち悪くて食べられないという声も、たくさんあります。


正直つらい……


それでも応援してくれる人がいるかぎり取り組みたい。

                          
22年度産ですら売れないことは残念だった。
隔離していて放射性物質が出ていなくても売れなくなってしまった。


消費者の心理としては理解できるが、
福島のトマトなども、放射性物資がまったく検出されていなくても、
売りあぐんでいた現状はあり、
検査検査といいながら、検出されてなくても売れないとなると、農家の心理はさらに苦しくなる。
米造りのことを、消費者にもっと伝えていかねばならないと思ったという。
                                         

そんな中、宮崎の口蹄疫で苦労した方々が、田植えを手伝いに来てくださった。
口蹄疫で苦労されているときに、ボランティアに来てくれた人があったそうです。
その恩返しとして、今度は自分がなにか役に立ちたいといって、
田植えに来てくれているのです。     


そんな状況があったとしても……
仲間で命を亡くした人もいる。家も津波で流され、4ヶ月の子供と奥さんを亡くした人もいる。
いのちがあるだけいい。そう思ってやっていると……


以上 稲作農家の講演

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東北の被災地に行って、思うことがあります。
被災地では、コンビニエンスストアで、震災や原発の記録写真や特集記事の載った雑誌よりも、
美しかった過去の郷土写真集が並んでいます。                                 
それだけ、現実が厳しかったということだと感じる瞬間。


最後にその稲作農家の方がおっしゃいました……


水俣病で有名な水俣市。
現在では、無農薬に町をあげて取り組んでいらっしゃいます。
その水俣市が、水俣病でおかされたとき、地域の農業を復興するときの、
3つのスローガンがありました。そして、冒頭の三つのフレーズを口にされたのです。


「あきらめなさい」

「覚悟しなさい」

「本物を造りなさい。」     
                     

1から出直して本物を作るという覚悟が今の水俣をつくったのです。  
      

「あきらめなさい」は
今までどおりにはいかないこと、
これまでの歴史、積み重ね、美しい郷土は
もはやないことを「あきらめなさい」という言葉に込めたのだといいます。


「覚悟しなさい」は、
なみなみならぬ道であることを覚悟しなさいという言葉。
そして信念をもって乗り切る覚悟を持つという意味。


「本物を造りなさい」は、
本物を造ることで、
信頼を回復することの大切さをこめた言葉。
安心安全で汚名がかかったのだから、
その安心安全にできることから真正面に向き合おうとしたのだそうです。

             
福島の稲作農家の方々も、
福島で20年かかろうと30年かかろうと安心安全なもの、
そして本物を作り、郷土の自然環境を守り続けていく気でやる覚悟だとおっしゃっていました。


その言葉が、
なみなみならぬ熱意と覚悟に満ちていて、会場が異様な熱気を帯びていました。
そして、このコンクールでは福島県の方が、3名、金賞を受賞されたのでした。


放射性物質の汚染は確かに重要で、甚大なのですが、
さまざまな角度から現場を把握することも、私たちの判断をより深みのある選択に変えていくために
重要なこととも、感じています。


自然栽培に関わらず、
農村を守ろうとする篤農家の方々のエネルギーは、すさまじいものがありました。


司会者がいいました。                                          
あるおばあさんのことばです。
健康はすべての目的ではないが、健康でないとすべてがない。                       


まさにそのとおり。
その「健康」とは健体康心が語源。


心と体の両方の健康があって初めて成り立つといえます。


放射性物質に今、意識を高く持つ方も多いと思うが、
放射性物質だけでは健康にはなれない。同時に私たちは、
食材におけるさまざまな課題に向き合う必要がある。


農薬・肥料・添加物、電磁波、接着剤、界面活性剤など、
数え上げればきりがないですが、
その一つ一つに向き合っていく必要があるといえます。


そして、この大いなる破壊の上で、本物を本来の世の中を、
人と人とのつながりを取り戻していってこそ、
震災をほんとの意味で乗り越えたといえる気がしています。


そして、震災の禍根が、消費と生産をまた切り裂いてしまわないように、
大地と切り離されて私たちの健康はなく、
大地が汚れた以上、可能な限りその汚れと向き合い、
何年かかろうと浄化していくという姿勢が必要だと感じました。


それとともに子供をはじめ、健康を守るべきは守っていかねばならない。
状況に応じて是々非々で判断しなくてはならなりません。


私たちナチュラル・ハーモニーは「ミッションゼロ」を宣言しました。
自然に沿い、これからもミッションを遂行し活動していく所存です。
このミッションは食べる側と生産する側の両方をむき、
おもんばかることが根底にあります。


それは多くの人が、
本質的に求めている「絆」を私たちになりに言葉にしたに過ぎません。
過去には戻れないが、新たな建設が始まっていると信じています。


ナチュラル・ハーモニー ミッションゼロはこちらから
http://www.naturalharmony.co.jp/trust/mission-zero.pdf
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2011年12月13日

ロレンツォ・コリーノ氏 自然に向き合うものが知る ことばと味わいがある!

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ロレンツォ・コリーノ氏。
農学博士にして1836年に遡るワイナリーの5代目。
代々そうしてきたからというが、無肥料・無除草のブドウ作りをするのは、
ブドウの樹が、すこやかに育まれる環境、豊かな生態系と土壌がそれを
もたらすからだという。


森林のコンサルティングも行う彼の自然に対する洞察は暖かい。

彼の言葉の中に、今回2日間、帯同させてもらったが、
英語の「ハーモニー」である「アルモニア」という言葉を折りに触れて
おっしゃっていたことが、印象に残っている。


人も自然も技術も科学もすべて調和していることがもっとも大切。


それは、彼の万物に対する思いなんだと
対峙すると、すぐに気付くことができた。

____________________________________

今回、ヴィナイオータさんが企画されたヴィナイオッティマーナのために
来日されたことは、すでにさまざまお伝えしています。


今回は本当にいろんな方からのご縁をいただいて、
ロレンツォ氏×朝倉玲子氏×河名秀郎の三者対談を行い、
ロレンツォ氏のワインを楽しむ夕べを開くことができました。


ヴィナイオータの太田さん、萩野さん、
ポムドテールの藤木夫妻、そして朝倉玲子さん。
元スタッフの藤木宏美さんと朝倉玲子さんには、とくにお世話になりました。

みなさまに、この場を借りて改めて御礼申し上げます。

___________________________________

いろんな方のご好意で、
行うことのできた対談だった。

対談については、後述するとして、
遡ること2日前。12月7日(水)


ロレンツォさんを
自然栽培農家のパイオニア、高橋博さんと仲居主一さんの畑へ
代表の河名とともに、お連れしてきた。


高橋さんは知る人ぞ知る、職人気質な厳しい人。
さてさて、うまく会話が成り立つかどうかと心配していた。
ただ、ロレンツォさんには、肥料・農薬に頼らず
大自然、土の本来の力を引き出して農業を行う人と出会ってもらい、
一つの刺激としてもらえればと願った。これは高橋に対しても同じ思い。

日本で30年以上、農業が成立している姿を見てもらいたくてご案内した。
そして、そこで生まれる反応をなにより私たちが、学びとさせてもらいたかった。


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ロレンツォさんは、高橋氏の圃場に入ると、まず、近くの森へ入った。
そして、土をみて、どんな畑なのか、どのような歴史をたどってきたのか、
開墾してどれくらいたったのか。などなど、
その土地の地質についての質問をされていた……。


この姿勢。


実は、自然栽培の農家にも共通することで、
その土地の歴史・気候・風土を知ることが、とってもとっても大切なことだ。


そもそもは
農業は自然の中でしか行えないわけで、
それは当然といえば、当然なことなのかもしれない。


しかし、
その土地について洞察していく感性とそのアンテナを
現代社会の中で失われて久しいともいえる。


でも、
農業という自然に向き合う現場で私たちは、
自然とそこに生きる生命に対するアンテナをみがくことができる。


そのことは、
高橋さんとロレンツォさんの会話からもにじんできていた。


うしなわれて久しい篤農家の自然観に
触れられることは、
とても、幸せなことだった。


CC_photo12.jpg


ロレンツォさんのブドウ畑のある
イタリア北西部、ビエモンテは丘陵地帯で、
火山はなく、粘土質または石がころがるような土地で
高橋さんの畑を見て、その火山灰のもたらす豊かな土壌に
感嘆されていた。


「エクセレント」
「ファンタスティック」を

連呼されていた。


「カザーン」(火山)が、
大地の始まり。火山灰土は歴史とともにゆたかな土壌をもたらすと……。


日本にいると、開墾して日の浅い、河川から離れたような火山灰土の地域では、
もともとの腐植も少なく、どうしても、マメ科や根菜などの農産物しか栽培できないので
火山灰土の土だと、時間がかかるという常識もある。


ただ、イタリアの状況を鑑みれば、ここも、豊かな土壌ともいえる。



イタリアと日本。

次にその両国の農業の現状について、話が及んだ。


イタリアでは、
丘陵地帯で、農薬や除草剤・肥料の使用の多い場所が多く、
土壌の流亡が深刻な問題だという。


毎年、河川に流れ込んで海が50CMづつ隆起するか?浜が広がるか?どちらか聞き取れなかったが、
そんな場所もあるという。


丘陵で、もともと、土層がないイタリアでは、ほんとに深刻な問題。


それでも、そこまで行き詰っていても、
日本と同じく、ロレンツォさんのような生態系を重視した、
肥料も除草剤も使わない農業は、特殊で、その農業をとても
やってみようと思う人は、まだまだ少ないのだという。


日本でも、
たとえば、宮崎でいえば、
大根やたまねぎが、農薬をかけても、どうにもならなくて全滅しているような地域がある。

畜産の盛んな地域なのだが、
全滅している畑が地域一面に広がっていて、
自然栽培農家のたまねぎや、大根がしっかりと育っているその実体を目の当たりにしていても、
品種や種をまく時期や貯蔵方法に興味がいっても、
肥料や農薬を使っていないというポイントに目の行く人は、ほんとうにまだまだ少ない。


そうした実状を
ロレンツォ氏や高橋氏、そして居合わせたスタッフで共有する。

IMG_0949.JPG

こうした農業が本当にこれから必要なんだ。
世界の各地で、やっている人は必ずいる。
やり続けていくことが大事だという話がすすんだ。


ロレンツォ氏は、やはりそうしたイタリアという大地が背景になっているからか
ローマ時代から歌われていた輪作体系、そして400年単位で
畑として使われている土地と、森林とをローテーションさせていくことを
提唱されていた。


だから、
この自然栽培の大地も、
ローテーションさせた方がいいと……。


そして、トラクターで耕すのも、イタリアの土壌の背景をもつ、
ロレンツォさんからすると、土にとってはマイナスと移ったようだった。


この点は、
高橋氏をはじめ自然栽培の目指すところとは若干のずれがある。


果樹と畑作の違いもあると私たちは考えるが、
ロレンツォさんは、そこはしっかりとした考えがあるようで、議論となった。


自然栽培では、
まず、畑と田んぼと果樹では、同じ自然でも、同じではないと捉えるところがある。
事実、観察すればそうなわけだ。


水辺の水田と陸地の畑、山の姿に近い果樹園を同じに扱ってしまうことで、
自然栽培において失敗するケースは多々ある。


肥料・農薬を使う農業ならば
なんとか成立させられるのだが、
肥料・農薬に頼らず、自然の力を引き出そうとするとき
そうもいかなくなる。


さらに、
耕すという行為が、畑という土を畑として豊かにする。
そして、土に過去に入れてきた肥料や農薬を取り除くことに一役買うことができる。


未来においては、無耕起でできるときも
過去の清算がおわればできると考えているが、
これをする前に、あるいは土の状況や作物を農業として成り立たせていくことを
考えたとき、耕す行為は必要になる。


このあたりの価値観は、平行線だった。
それはそれで、いろんな観点や自然観があっていいから当然のこと。


議論好きのイタリア人のロレンツォ氏は、
高橋氏の観点を分かった上でさまざま、
お話をはずませてくれていた。


高橋氏は、
ゆずらないものは、ゆずらない人で、
その点、かみ合わなさも、また、よしで
それでも、お互いの取り組んできた背景は
対話する二人がもっとも分かっているふうだったのがよかった。


人に伝えていくことを大切に考えている高橋氏。

その高橋氏に、ロレンツォさんが
人に教えてはだめだ。
教えをこうくらい、求めてきたら教えるべきだ……。

といっていた。


高橋氏も、常にそうしたスタンス。
ロレンツォさんのその言葉を聞いて、高橋氏も、ロレンツォさんを認めた風だった。



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がっちりと握手をして、

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記念撮影をして、高橋さんの畑を後にした……。



次に昼食後、向かったのが、
茨城県行方市で自然栽培に取り組む仲居主一さん。


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仲居主一さん


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仲居農園の風景


さてさて、
仲居さんは、こちらも頑固一徹ながら、
相手をもてなすという思いも、超一級。


仲居さんの笑顔をみて、
少し会話をしただけだったが、ロレンツォさんが
仲居さんのことを、「ゴールデンマインドマン」といっていたのが印象的だった。


言葉は交わさずとも、その笑顔をみれば
どういう人なのかが分かるというロレンツォ氏。


結局、通訳もなにもかも、その人の人間性さえしっかりしていれば、思いは語らずとも世界共通で
通じていくものなのだと思う。


だからこそ、己を磨かなくてはならないと思った。
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仲居さんのカブのフルーティーさに驚嘆されていた。
この後、写真にはないが、大根の立派さ、作土の深さに
改めてアンビリーバブルといっていた!

ビエモンテでは、考えられないという。


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息子さんのグイドも、今回帯同してくださっている。


仲居さんも、
親子でくるということを聞いた時点で、これはすごい人だといっていたが、
ほんとうにそう思う。


自然栽培農家でも、
親がしっかりとされている方の多くは、後継者がきちっといらっしゃるものだ。


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「仲居のやさい」というダンボールのロゴをみて、語る二人。
実はこのロゴ、ポムドテール 藤木宏美さんのデザイン。






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仲居さんの聖護院かぶ 葉の色が淡く美しい。


仲居さん宅でも、土壌の耕す話やさまざま話がおよんだ。

土に携わるものどおしの会話がはずんでいた。


仲居さんとそのファミリーともいうべき、農家の方々がいる。
水谷さんや、三橋さん、牧さん……。


三橋さんが、仲居さんに60になって「愛」を教えられた。
農業を教わろうと思ったら、人間性、「愛」が先だった。

といっていたのが印象的だった。


仲居さんは、私は百姓だから、そんなことは教えられないよ〜。

とおっしゃっていたが、三橋さんの中には、そういう学びがあるという。


ロレンツォさんも、その言葉に、いたく共感されていた。


その人の人柄が作物に移るというのも、
あながちないことではない。
作物をたのしく味わうとき、そうしたことは大きな楽しみのひとつ。


ワインにも、そういった文化があるという。


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次世代を担う、仲居久さんとグイド・コリーノさんと代表の河名



三橋さんが、グイドに質問した。
建築家でもある彼がなぜ、お父さんの仕事を継ごうと思ったのかと……!?


グイドが応えた。
「それが、わたしたちの文化だから……」


文化。
それはうけつぐもの。
受け継ぎながら、常に新しきを築くもの。



三橋さんがいった。

すごい。

日本は、親と子が寸断されてしまっている。
私も、それを取り戻そうとこの年になってがんばっていると……。


ロレンツォさんがいう。

でも日本に来て驚いた。

世界最先端の技術を持ちながら、
何千年にもわたる文化を併せ持っている。
ほんとにすばらしい国だと……。


そう、
関東東北大震災を経験し、
意を新たにした日本人は多いと思うが
私たちはすばらしい国に住んでいる。


受け継ぐべきものを受け継ぐには、
まずは自分がしっかりと軸を深め
自分を知り、ポジティブに人生をあゆむ。


それでこそ、
自ずと文化も、いのちも、つながれるものだと思った。


ロレンツォさんの64歳になっても、
なお謙虚に学ぶ姿勢をもち、
人の話に耳を真摯に傾ける姿勢に
敬服した一日だった。



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次回は、セミナー当日についてお伝えします!!
posted by ナチュラル・ハーモニー at 00:17| Comment(0) | 生産者さんの情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月15日

お米の一生とおいしさの関係

ナチュラルライフのまなざし 第8回 「お米の一生とおいしさの関係」
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第8回 「お米の一生とおいしさの関係」

●    お米の一生と味との関係とは……!?
●    私たちがおいしいと思う感性の意味とは……!?
●    気温とお米の関係とは……!?
●   「脂肪酸」「水分」「たんぱく質」「アミロース」と食味の関係とは……!

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お米と聞いてあなたは、何を思い浮かべるでしょうか?


「やっぱり、大切な主食……」
「あんまり、食べなくなったけど、おいしいお米は違うわよね。」
「お米でも、最近はアレルギーもあるんだって……!?」


などなど、
いろんなことを考えられるかもしれません。


かつては、お金よりもお米で、税金も、給料も支払われていたわけです。
そう、私たちの生活はお米を中心に動いてきました。


そんなお米はやはり、おいしく食べたいもの。
そこで今回はお米の食味について考えてみたいと思います。


今回のお話は、私たちがそう思うだけであって、
味覚と同じでひとそれぞれですので、正しいとか正しくないとかではなく、
お米という生命について、ひとつの考え方と捉えてお付き合いいただければと思います。



一般に「お米のおいしい」は、


香り
つや、
かがやき、
硬いお米かやわらかいお米か
ねばり、甘みなどがあります。


もちろん異物である石や、未熟な粒や、被害粒や、着色粒や砕けたお米を丁寧に
取り除かれていなければならないことでしょう。


食味値というのがあって、
「アミロース」「タンパク質」「水分」「脂肪酸度(玄米)」の4つの成分を
図っておいしさを指標化することもあります。
これだけを頼りにするわけではありませんが、たとえば


アミロースは、デンプンの中のアミロースの比率を表します。
お米の主成分であるデンプンは、
およそ2割のアミロース(硬さの成分)と8割のアミロペクチン(粘りと軟らかさの成分)で
できています。もち米は、100%アミロペクチンですね。


日本では、「粘りのある」お米が美味しいため、
アミロースの割合が低いほど美味しいお米といわれます。
一般的に食味評価の最も良いコシヒカリのアミロース割合は、16〜17%位ですが、
パサパサして硬くてまずいといわれる22〜23%くらいのお米も
肥料を与えない自然栽培の場合、とてもおいしくなると感じられます。


アミロースは、主に「品種・土壌・気候」によって変化します。
「登熟期」に高温の方がアミロースは少なくなるようです。
しかし、「登熟期」に高温が続くと土壌の窒素が稲に吸収されて
稲のタンパク質が増えてしまいます。


タンパク質は水を通さないため、お米の吸水を阻害します。
タンパク質が少ないお米は、吸水が良いため、炊き上がりがふっくらとした美味しい
ご飯になります。


タンパク質の量は、「品種・施肥・気象・土壌」により、変化します。


日本の白米のタンパク質含有量は、平均6.8%といわれます。
タンパク質は、窒素成分を多く吸収すると増加するようです。
つまり、肥料が多いと、たんぱく質が増え、お米の味はどうしても落ちてしまうのです。


タンパク質は、窒素肥料の施肥量により変化するといわれます。
肥料を使う農家さんも、
肥料の与えるタイミングや量を研鑽されています。
だから日本のお米の品質は総じて高いわけです。


肥料を使わない自然栽培のお米は、なおさらおいしいわけですね。


次に水分ですが、
新米で15%、貯蔵用で14%程度といわれます。
過乾燥米は、炊飯前の浸水時にヒビ割れを起こし、炊飯する時にデンプンが糊となって
流れ出るため、ベットリしたご飯となり、食味が悪くなります。


収穫時は25〜30%ある水分を乾燥させて14〜15%に落としていくわけですね。
天日で乾燥されるように、機械で乾燥させる場合もなるべく
低温でゆっくり乾燥させてあげる方が、おいしさは増すようです。


急に乾燥させてしまうと、どうしても玄米にひびが入ったり、割れてしまったりします。


最後に脂肪酸度
これは、脂肪の酸化度を表します。
脂肪酸化度は、主に「乾燥調整・貯蔵・品質」により変化するといわれます。


米の脂肪は、貯蔵中に徐々に酸化されるため、酸化度により古米化の進み度合いが
わかるといいます。収穫直後の新米は、10〜20rが標準ですが、時間とともにこの数値は
高くなります。
食未知でいう、脂肪酸化度は、低いほど新鮮で美味しいお米といわれます。


高温で貯蔵すると、いわゆる古米臭がするといわれます。
自然栽培では、そんなにいうほど、においませんが、
一般的ににおうと言われるのは、この脂肪が酸化して
ヘキサーナールなどの揮発性カルボキシル化合物になるからだといわれます。


また、高温で貯蔵すると、ホスホリパーゼという酵素で中性脂肪ができ
リパーゼという酵素によって、遊離脂肪酸ができます。
そして最終的に、デンプンミセルに結合して
炊飯するとデンプンが硬化して硬いお米になってしまうといわれます。



自然栽培のお米でも温度管理は大切ですね。


そして、炊く水や炊き方によっても違うと思いますが、
使用するお米は、できればお米が取れた産地の地下水か湧き水が理想的です。


農家さんのところへ行って、その土地のお水で炊いていただいたごはんはとにかくおいしい。
しかし、それはかなり継続するのが難しいことなので、
できれば軟質の天然水がいいようですね。

illust2566_thumb.gif

ところで、ここからが本題です。


米は稲という植物の種子です。


稲も生き物。
稲は、種子を落とされて、苗になり、そして田植をして田んぼで育ちます。
そして、穂を出して花を咲かせる時期があり、
次に実を充実させて太らせる時期があります。
その次には成熟して種となり、次の世代に命をつなぎます。


稲は自らの体をつくり、子孫を残す一生の中で、そのすばらしい人生の結晶として
種子を残しているわけですね。


その何千年、何万年と続く土と種子の営みの結晶を私たちは食としていただいています。
そんな種子でも、どう一生を過ごすかで味わいはまったく変わってしまうので、
ほんとにすごいことだと思います。


それだけ生き物は環境に対応して変化していくものなのでしょうね。


このように考えると、大切なことは、
その稲の一生を健全にスタートさせてあげること。
そして、健全に育った結果、
その総仕上げとして種子を残すわけなので、つまりは稲の本来もっている一生の営みを
健全に行わせてあげることが、大切に感じられます。


そうしてできた実りのよいお米を、
みなさんにお届けしていて「おいしい」といわれることが多々あります。


そして、私自身もやはりそう思うのです。


私たちが、おいしいと思うその感覚は、
環境と作り手の生産者とその種子のよりよい調和の上に成り立っていることを思うとき、
「私たちの五感ってすばらしい!」と改めて思います。
そして「いただきます」の意味をすこし深く知れる気がするのです。



ほかにも
お米は一般の栽培でも、登熟期といって受粉した後の実を実らせていくタイミングで、
気温が高すぎたり、日照が多すぎたりすると乳白米といって、お米の芯が白くなってしまう
お米が出て、味が落ちてしまいます。


いわゆる早稲品種は、植え付け時期によって、稲にとっては暑すぎる夏に登熟期を迎えてしまい、
味がどうしても落ちてしまいます。


すこし遅めに育つお米の方が、「登熟期」に暑くなりすぎずに
夜と昼との間の温度差ができていいようです。


昼はあたたかくそれなりの日照があって光合成をしっかりして、
夜は寒いから、呼吸を少なくできるからデンプンを消費せずに実を充実できる。


そんなリズムで
この時期を稲が過ごせると、お米はおいしくなるようですね。


体をつくる栄養成長に偏らず、順調に子孫を残す生殖成長を行える。
つまり子孫を残す活動ができるというわけですね。


品種・デンプンの組成・田んぼの生物群・土壌の条件・気温……


種子の特徴と、稲が育つ環境をよむ。


そんな
生産者の情熱と愛情。これらが大事だといえます。


収穫時期も品種によって適期があります。
適期に丁寧に刈り取り作業をしたいものです。
遅いと割れるお米が出ることもあり、早いと青いお米が増えすぎます。



あとは土地土地にやはり特徴があります。
水がきれいな中山間地と、河口や低地の肥えた田んぼとでは、
やはり環境はまったく違うので、栽培の仕方も違ってきます。


地域地域の条件にあわせて健全に育ってきたいい遺伝情報を持った種を植え、
生産者が情念と愛情をもって育てたお米が、何よりおいしいお米です。


そして種まきも田植えも実は、昔は
「桜の咲くころに種をまき、卯の花か菜の花が咲くころに田植えをする。」
といった言葉が各地に残っていたりします。


やむをえず、
今は、人手の集まるゴールデンウィークに田植えができるようにしたりする場合も多いようです。
しかし、作物の一生をうまく地域の気候と土壌にあわせて工夫をすることで
稲は充実した一生をすごせるのかもしれません。


自然栽培において、
可能な限り人間都合よりも、自然都合にあわせるという理念がありますが、
ほんとに自然を垣間見ていくと、うなずけることが多いですね。


そして肥料は、稲の育つリズムをどうしても崩してしまうと私たちは懸念しています。
作物を本来のリズムで一生を過ごさせてあげたい。
土の力をなんとか取り戻してゆきたい。


それがひとつの願いです。
なぜなら、そうして育ったお米を私たちは「おいしい!」と感じるのだから……!


今年は天候にも恵まれ、産地によって違いはありますが、お米がすくすくと育っています。
間もなく、おいしい新米もお届けできることだと思います。


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ナチュラル・ハーモニー代表河名が、好評にお答えして特別セミナーを開催します!!!
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2011年10月14日

千葉県山武市イーストファームに仲居主一さん登場!

みなさんこんにちは!

田辺です。


一昨日、10月12日に
千葉県山武市の自然栽培農家イーストファームの不破孝太さんを訪問してきました。


不破さんは、元、ナチュラル・ハーモニーのスタッフ。
私、田辺は、ナチュラル・ハーモニー入社前からのつきあいで、
もうかれこれ出会って16年が経とうとしています。


今回は、ナチュラル・ハーモニー在職時から懇意にしていた
自然栽培農家の仲居主一さんも、不破さんを応援したくてかけつけてくださいました!!



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畑で真剣に話す不破さんと、仲居主一さん。


不破さんと私は、実はインドのダージリンでお互い
一人旅をしていて出会ったのですが、
不破さんは、そのときはヒマラヤの山をサンダルでトレッキングするような
ひときわヒストイックな旅をしている人でした。


むろん
自分のことも、日本人とは最初思っていなかったようですが……。


さてさて、
そのヒストイックさは、
農業にも出ているようです。


頑固さは人一倍。
自然栽培を続けていくことに、なみなみならぬ決意していました。


そんな、不破さんを仲居さんも応援したくてしょうがないようです。

IMG_8966.JPG
サツマイモ畑をみる、仲居さんと不破さん。

んーん。。。
サツマイモのツルが伸びすぎてるなあ〜

サツマイモづくりは、うん十年の仲居さん。


サツマイモの姿を見て、
土と作物と生産者の心理まで
感じるものがあるといいます。


不破さんも、農業の大先輩の話に、
真剣に耳を傾けます。


ここ最近、不破さんが苦しんでいるときにも、
そんなタイミングで、すっと仲居さんから電話がかかってきたそうです。


サツマイモを見てみたいという仲居さんに応えて
不破さんは、サツマイモを掘ってきてくれました。

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イモづくりは難しいね。
このサツマイモは、生きるリズムをつかめていないね〜。

なんて仲居さんがさらっといいます。

初めて聞く人はきっと??????


かもしれません。

不破さんは、先輩の言葉を食い入るように聴いています。


仲居さんが自然栽培を、本来の農業をするうえで
大切にしていることがあります。

それは、生き物の生き様と環境に向き合うこと。


ここでいう生き物っていうのは農作物のこと。

作物も当然のことながら生き物で……。

そして、環境とは、土をはじめとする気候や作物の育つ条件のこと。


どんな生き物にも、生まれてくる場があって、その場の影響を受けます。

そして、人間もそうですが、
環境によって育ち方が変わります。

作物は、種を落とされて、目を出し、成長しながら体を作ります。
そして、やがて大人になって子供を残していきます。


体を作る営みを栄養成長、

子孫を、種を残す営みを生殖成長といいますよね。


どんな生き物も持つ、この栄養成長と生殖成長。


この栄養成長と生殖成長が、どのようなリズムで作物にそなわっているのか。
これは作物によって違います。
もっといえば、種によって違うのです。


その生き物の生きるリズムと、
環境・条件をあわせることで、
作物は、本来の本能が引き出されるかのように生きるというのです。


仲居さんは、おいしい農産物を作りたいと思ったことは一度もないといいます。


ただただ、百姓として、
ただただ、いとおしい生き物の生き様に向き合う。
本当に向き合っていく。


そうしているだけなんだと……。


でも、そんな作物をおいしいという人がいる。

自分もそう感じます。


そう思うと、ぼくらが食べ物を体のそこからおいしいと感じれる感性って
実はすばらしいと思う。


自然と調和したもの。
土が本来の力を取り戻し生きている土で
本来のリズムで本能が引き出されるかのように
育った作物。

そんな作物が、次世代のために実を結んだ種。実。果実。


そうしたものを、私たちは「おいしい」と感じる。


本来の食が取り戻されていくとき、
世の中は大きく変わるのではないかと思う。


作物に向き合う仲居さんや自然栽培農家の方々。
考えてみれば、
向き合うというのは、なかなか難しい言葉です。


仲居さんは農業のことしか、語りませんが、

ふっと自分を振り返えることがあります。
子供でも、夫婦でも、職場でも、身近な人に本当に真剣に向き合っているかと問われれば、
自分もやっと、妻と向き合うことの意味を知ってきたといったところです。


自分に原因がある。


だからこそ、世の中は変えられるのかもしれない。
なにも何かを壊すとかそういうことではなくて、
自ずと、多くの人が求める方向に、変わるんではないかと思う。


仲居さんがいます。


農業において、
原因を外にもとめるか、内にもとめるかといえば、
この農業のスタイルは、自罰なんだと。。。。


サツマイモも、あのように育つべくして育ってしまっている。
サツマイモの生き様。種の素養を知らないと、土の環境、地域の風土・気候を知らないと
いい作物は作れないよ〜と仲居さんが、微笑みながら話します。


そして、一言!
大丈夫!不破さんも20年しっかり向き合えばわかるから!!!


20年か〜。


長いかもしれませんが、
人類が汚してきた付け、狂わせてしまったボタンの掛け違いを
だれかが、止めなくてはならないとして、
それを自分たちがやれるとするなら、
20年はむしろ短い……!!


不破さんもそんな表情で聞いていました。

腹は座り、これからがさらに楽しみです。




下の写真は別のところの不破さんの畑の土。


IMG_9041.JPG

この畑は、
これまでに相当肥料や、木材を畑の持ち主が入れてしまっていたようです。


土は本来、
腐植がゆたかで、団粒構造がしっかりしていて、
保水力と排水力がいい、新陳代謝のいい土がいいわけですね。


ところが、この土は固く、
表土に青いコケがあるほどで、
窒素の多すぎるほどに多い土だと仲居さんもいっていました。


仲居さんと土を掘ってみました。

IMG_9045.JPG


すると、まだ腐植化していない木片などが
作土の下のほうにもあり、
作土と真土の間の土が硬く、
仲居さんも正常な土なら考えられないことだな〜といっていました。


自然栽培でいうところの肥毒。

植物で抜くだけでは、あまりにも時間がかかるので、
機械をつかって、崩すことにしました。


どんな土でも、人が手を入れることで、
浄化のスピードを速めることができます。


そんな秘策を話し合いました。


もちろん自然界は
人が手を入れなくても、
植物は土を再生させようと必死に働きます。
ただ、それだけでは時間がかかります。
自然の一部の人としての役割があると気づかされます。



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上の写真の奥の方に、茶色くかれた雑草が山となって積まれているのが
わかるでしょうか。


不破さんが、育ちに育った草を抜いた草の山の後でした。

これには、近所の農家さんも、変わったことをやってルナーと
思いつつ、根性をみとめ、信頼がいっきに深まったようです。




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これからの不破さんのますますの活躍が楽しみです!!


千葉県山武市のイーストファームの不破さんの畑にあう、作物の組み合わせについて
いろいろと、突っ込んだ話をしました。


仲居さんも、これからが楽しみだなーといって、帰路に付かれました。


私にとっては縁の深い不破さんですが、
成功を心より願っています。


ますますがんばって!

posted by ナチュラル・ハーモニー at 22:13| Comment(0) | 生産者さんの情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月11日

自然農法成田生産組合 30周年記念式典


自然農法成田生産組合の30周年記念式典が内々に開催され、ご招待いただき、代表の河名とともに参加してきました。


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祝 30周年記念式典 自然農法成田生産組合 記念撮影



去る10月10日。
自然農法に30年以上前から先駆的に取り組む、自然農法成田生産組合の30周年の節目の日。
30周年記念式典が内々に千葉県富里市で開催された。


20数年前、ナチュラル・ハーモニー代表、河名が起業前に研修した農家であり、
ナチュラル・ハーモニーの自然栽培専門の個人宅配「ハーモニック・トラスト」が
その拠点を千葉県八街市においた理由も、自然農法成田生産組合の方々との関係を強化し、
その自然観に学ぶことが大きな目的だった。


自然栽培における生産と流通と消費が三位一体となって、
自然に学ぶライフスタイルを農産物を通して世に出していく。
このことが大きな目的だった。


ハーモニック・トラストが成田に移転してきてまもなく丸5年になるが、
その情熱と思い、志に学ぶところはあまりに多く、感謝のひとことでは
片付けられないさまざまなものを、教わった。


まさに、その志をひきつぎ、
自然栽培とその理念を、自然の中でいきる生き物の生き様を
世に伝播していく思いを改めて強くした一日だった。


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司会をされる高橋博氏 自然栽培歴32年


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自然農法成田生産組合 会長 肥沼一郎氏  自然栽培歴28年

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あいさつをするナチュラル・ハーモニー代表 河名秀郎


思いのこもった、感謝のこもったあいさつだった。

「この自然栽培の型を事実として世に出した功績は、
後世にかならず、光あたるものだと確信しています。」


「これからが、本番です。一緒に邁進させていただく所存です。」


「研修時代の自分、ハーモニック・トラストのスタッフ、
育てていただいたことは、一生感謝してあまりあるほどのことです。」


といった、河名のことばが、生産者の心に響いていた気がする。


肥料や農薬に頼らず、土や植物本来の力を引き出して、
作物を育てる自然栽培。


その自然栽培によって具現化される自然観。


「自然尊重」「自然順応」「自然規範」

自然にまなび、自然を先生として物事を判断し、実践すること。

自然のありがたさ、生かされている感覚をベースに、自然界のありとあらゆることに学び、
その深い学びのある自然をおのずと尊ぶこと。その自然界の仕組みに感謝すること。

そのように生きていくと自然と沿ったリズムで暮らすことができ、
自然に順応して、いい生き方ができるということ。


ただのお題目ではなく、そこに実践してきた型があるという存在感のなんと強いことか。
形にすることで、人は磨かれ、思いが定かになるといえる。


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これまでの、歴史を振り返ったDVDを組合で製作された。
ナチュラル・ハーモニーも製作に全面的にお手伝いをさせていただいた。

本社の綱島君がかなりがんばってくれました。


そんな、30年という歴史を振り返る
DVDの中の重みあることばを書き起こした。


以下、DVDナレーション本文


昭和のはじめに提唱された自然農法は、日本中に大きく普及してゆきました。

昭和29年には、当時の農林省が実際に調査を行うほど注目されていました。



その後、自然農法は衰退の時期を迎えます。第二次世界大戦の影響もありましたが、

何より技術の確立がまだ不十分だった中、自然農法の論文とはかけ離れた方法で

実践されたものが見られました。



そして、自然農法とは名ばかりのものさえ現れるようになりました。

 

「このままでは本当の自然農法が世の中から消えてしまう。」

 


昭和40年後半から50年初め、

自然農法衰退の危機を目にしてある人が立ち上がりました。



田辺 宏芳先生。私たち成田生産組合の育ての親です。

 

「もう一度、まずはこの日本に本当の自然農法を」との思いを胸に、

自然農法の普及のために全国を駆け回りました。

 

そして、千葉県の北総台地に立ち、



「ここで成功しない限り、日本はおろか世界にも自然農法は広がらないだろう」



と田辺先生は強く感じました。



当時、自然農法に取り組む農家はこの千葉県では

市町村ごとに1件程度というわずかなものでした。



その取組みの内容も、まだ試行錯誤の真っ只中といった状態でした。

いつか必ず成功させようという期待だけが苦しみの日々を支えていました。



「よし、この点をまずは線でつなごう。線がつながれば面になってゆくだろう」



現状を前に、田辺先生は強く思い、

自然農法に取り組む一人一人に声をかけてゆきました。

そして、1981(昭和56)年、千葉県の北部に、16名による任意組合、

自然農法成田生産組合が誕生したのです。



当初の組合の流通は、組合員の農家を一軒一軒回っての、いわゆる庭先出荷。

実に時間と労力がかかるものでした。

 

この問題を解決するために、組合員の倉庫の一部を借り、

ここを集荷所と事務所にしました。

やっと、一人一人が集まれるようになったのです。



集まる場所ができる、それは組合にとって大きな変化でした。

 

今まで一人で10の問題を抱えて何年も苦しんでいたことが、

10人寄ることで一人一人の問題になり、解決が早まる。

 

もちろん自然農法の技術も、まさに「3人よれば文殊の智恵」のごとく、

人が集うことで向上していったのでした。



人が集うことにより生まれた力で、人がさらに集ってきました。

 


任意組合が発足してから2年後には倍の30名にも増えたのです。

智恵と個性はさらに集まりました。

資金力はまだまだでしたので、

何をするにも「手作り」で取り組む日々は続きました。

 

その「手作り」が最初に実を結んだのが、麦の処理をするための倉庫施設でした。

1983(昭和58)年のことです。



「お金がないということが、このような力を発揮するのだ・・・」



完成した倉庫を前に、組合員皆で感動したものです。



「かえりみればすべてのものを手作りでしてきた。やれないと思えばできない、

やると思えばできてしまった。やってのけてしまった。素晴らしい力である。

そして忘れてはならないのが、そこに陰となり日なたとなってくれた

多くの人たちがいたこと、また、いることだ。一人では何もできないのに、

それぞれの特徴や個性を集めるとすごいことができてしまうものだ。」

 

組合創立10周年の式典で配られたあいさつに記された言葉です。

 


その言葉は、組合員一人一人の気持ちそのものでした。

そして、組合員は50名にまで増えていったのです。

 

多くの人が集うと、またしても集うための場所が必要となってきます。



手狭になってきた倉庫に悩んでいるとき、救いの手が差し伸べられました。

ちょっと場所は離れているけれども、

不要になった倉庫があり、自分たちで解体できるならば費用は要らないというもの。

しかも二階建てというお話でした。

 

検討した結果、「とにかく得意の手作りでなんとかしよう」と自分たちで

この倉庫を移設することに決まりました。

真夏の暑いさなかでしたが、まさに「手作り」で完成させてしまいました。

1985(昭和60)年のことでした。



組合事務所と会議場が整備され、ますます組合も充実してゆきました。



この年、社会的信用のさらなる必要性を感じ、

任意組合から正式な組合への転換をはかりました。

ここに国も認める農事組合法人としてのスタートを切ったのです。



世の中の信用を得るには組合員のさらなる団結が必要である。この年にはさらに

、組合会報の発行をはじめました。組合の状況を発信し、組合員の日常を感じあう

「組合だより」として現在も続いています。



「いつか時代が私達を本当に必要とするときが来る」という思いは日増しに

高まってゆきました。



1986(昭和61)年、きたる自然農法の時代に磐石の態勢をと、200坪の集荷場と

集会場の建設に着手しました。



 〜中略〜

 

組合の成長と共に、もう一つやらねばならぬことがありました。

 

自然農法に取り組む組合員が市町村ごとにある程度まとまったら、

新たな団体として独立するというものです。



ちょうど20名ほど組合員がまとまった地域があったので

「手作り」の集荷場を建設して独立しました。



独立しても不安なくひとり立ちできるように、

自然農法の勉強会は欠かさず続けてゆきました。

 


紆余曲折はあったものの、組合は一つの節目を迎えることができました。

1991(平成3)年のことです。



大切な節目のケジメとして、式典を行うことになりました。

会場の設営、看板制作などはまたしても得意の「手作り」です。

昼間は農作業があったので、夜の時間を使って準備を進めてゆきました。



組合がようやく形を整え、次の課題は自然農法をもっともっと

全国に広げることでした。そのために消費者団体との交流を企画したり、

団体の拠点作りをしたりしました。

 

さらに、一般の流通においても自然農法の認知をはかろうということで、

大手スーパーや量販店に自然農法の案内をしました。

年に何回かは実際に店頭販売も試みています。

 

このことは、さらに幅広い消費者の方々への認知へと繋がりました。

 

消費者に向けた自然農法の認知への取組みとともに、組合の足元を固め、

自然農法をさらに多くの産地へ啓発してゆくことも続けてきました。

 

北は北海道から、南は九州まで、年一回の研修旅行を企画してきました。

また、普段ご主人の後押し役として大切な役割を担っている婦人部の活躍も欠かせません。

積極的に組合員の畑の見学にでかけてゆきました。



また、自然の素材での料理講習会を開き、

自分達の食卓を自然食にしてゆく活動も続けてきました。



この時期の組合としての実績は、千葉県の主催する営農発表会で

自然農法の紹介をしたことでした。とにかく一日でも早く、

一坪でも多く自然農法の普及を、との思いで活動を続けてきたことは、

農水省からの感謝状を頂いたことでも評価されたといえます。



ただ、ひたすら、一日も早く自然農法を全国に広めたい。



その思いで活動を続けてきた10年間でした。

この思いは他の産地には決して負けないものでした。

しかし、私達の田畑に見る現実はなかなかその思いとは

一緒に歩んではいなかったのです。



論文が導く本来の自然農法の姿がみられる畑はほんの一部で、

多くは収量の減少に悩んでいました。その結果、何人かの組合員を

失ってしまうことになりました。

 

組合員が減少してゆく現実を目の当たりにして、もう一度自然農法の

原点にかえってみようという気運が高まりました。



技術開発部長を中心として、今一度土を見つめ直しました。

論文に書かれている言葉や文章だけでは理解できないこと。

土の表面だけを見ていても分らないこと。土の中を見てはじめて見えたのが、


肥毒の実態でした。



自然農法の論文には、肥毒の問題が重要なポイントとして指摘されていました。

自然農法の成功するかしないかは、まさにこの肥毒にかかっていること。

それを無視してきた現実がありました。



この歴史にメスを入れようと、

5年間という時期を決めて肥毒の追跡調査を開始しました。



その取組みの中ではっきりしてきたこともありましたが、私達が自信をもって

自然農法を世に広めてゆくために、さらに5年を費やし、

10年かけてやっと確信を得ることができたのでした。



組合発足以来20年の歳月が流れ、この間に実りもありましたが、

多くの組合員も去ってゆきました。



それは決して小さな損失ではありませんが、

組合を離れた方がたはその時々に役目と意味を持って入会し、

組合のために働いていただきました。



その力があって現在の組合が成り立っていることを、私達は忘れていません。



その後、組合は大きく成長してゆきます。



1995(平成7)年、自分たちの流通会社、自然農法販売を設立しました。

事務所とパッケージ場を増設し、新たな成田流通センターとして再出発しました。



2000(平成12)年には、より広い流通に対応しようと、

有機JASの認証を取得しました。

 

さらに2003(平成15)年、世の中へ自然農法がある程度普及した事実を鑑み、

普及のための組織である農事組合法人を解体し、

自然農法成田生産組合として新たな出発をしたのでした。



2006(平成18)年には、ナチュラル・ハーモニーとの出会いがあり、

個人向けの農産物の宅配が可能になりました。

 

自農販においては、一般の流通で広く自然農法を伝えてゆく卸取引を、

そしてナチュラル・ハーモニーにおいては顔の見えるお客様との宅配流通という

二本の柱としての流通を軸に、成田生産組合はさらなる発展とともに、

自然農法の全国への広がりを願い続けています。

 


肥毒の発見。それは私達にとって、自然農法確立の大切なきっかけでした。

 

原点に返り、土を見つめ土と向かい合うことで、

ようやく自然農法を世の中に胸を張って広げてゆくことができるようになりました。



2011(平成23)年、組合発足30年の年、

全国の自然農法に取り組む生産者が一同に集える運びとなれたのも、

決して偶然ではないと私達は信じております。

 


《祝 自然農法成田生産組合30周年》

 



土作り 種作り 人づくり.bmp

株式会社ナチュラル・ハーモニー 田辺寛雄

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2011年10月08日

自然農法成田生産組合の30周年記念式典が10月10日に開催されます。

みなさん、こんにちは!

なべさんこと、田辺です。


10月10日(月)に自然農法成田生産組合の30周年記念式典があります。

代表の河名とともにご招待いただいています。

うちうちの会ですが、
自然栽培30年の歴史を感じる会になりそうです。


組合がかかげてきた、「土づくり、種づくり、人づくり」


自然栽培に関わるものにとって、
そして土を愛するもの、いのちを尊ぶものにとって
大切なことばだと感じます。


土作り 種作り 人づくり.bmp




土がはぐくまれ、いのちがはぐくまれ、すべてが清く豊かになっていきますように!
posted by ナチュラル・ハーモニー at 20:26| Comment(0) | 生産者さんの情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月30日

千葉県銚子市の自然栽培農家 サンズファーム寺井三郎さんを訪問してきました!

みなさんこんにちは!!

なべさんこと田辺です。


昨日、千葉県銚子市のサンズファーム寺井三郎さんを
産チームの滝沢くんと鈴木さんと三人で訪ねてきました!


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3月11日の震災で崩れた母屋も、いまは修復していました!
みなさんからの義援金に寺井さんも改めて感謝の意を述べられていました!ありがとうございます!


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寺井さん親子。
今年から、ご子息が農業を継ぐべく、寺井さんに師事されています。

まだまだ、わからないよという寺井さん。しかし、顔はどうみても、嬉しそうでした!!


震災以降、千葉県産ということで、野菜どころの銚子でも、野菜にまったく値がつかなくなり
一般の農家はかなり追い込まれていたようです。


そんな中、いきなり取引がなくなることもある中、
ナチュラル・ハーモニーの対応に一番、「心」を感じたという言葉をいただきました。


流通冥利につきる言葉でした……。


これも、放射性物質のことをお伝えする中で、理解し支えてくださる方々に向けたことばだと思っています。
本当にありがとうございます!



今回の訪問の目的は、今年度の出荷された野菜の総括。
それから、来年度の作付けの調整でした。
産地担当の滝沢くんがしっかりとまとめてくれた内容を寺井さんとひざ突き合わせて話してきました。



年々、寺井さんの野菜のレベルは上がってきていて、
そのことと、来年に向けての課題をしっかりと確認してきました。

野菜の品質、食べてくださっている暮し手のみなさんからの声、
どの時期のどの野菜に課題があり、どの野菜の品質がよかったなどなど。


そして、土を浄化していく計画をどのように考えるか。
寺井さんが受け入れている研修生のゆくすえのことや
耕作放棄地が増える農村で、
なんとか自然栽培で土地を守ろうと行政といっしょになって取り組んでいること。

これだけやってきていても、
地域の中ではパッシングをうけることも多々あること。


そんな寺井さんの取り組はやっぱりすばらしいので、
日本のため、銚子のために、がんばってくださいと頭をさげてきました!!



こうして話してみると、野菜の品質のよくなかった時期の野菜はどこの畑で、
その畑をどうしていくかとか、足を運んでみてやっぱり確認できることもありました。



今年のキャベツは、終盤に痛みが出たのですが、
その部分だけ、別の畑で栽培されていました。
それが下の写真の畑です。

実は、この畑、寺井さんが自然栽培をはじめてた2番目の畑で、
長年、通う私にとっても思い入れのある畑です。


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銚子の屏風ヶ浦のすぐそばにあるので、
風が強く、キャベツしか栽培できないような場所。
でも、自然栽培でキャベツができることが、寺井さんとお付き合いはじめたころは
うれしくてうれしくて、仕方がありませんでした。


キャベツって、ほんとに肥料を使わずに育てるのは大変なんです。
葉がまく野菜はむつかしいといわれます。葉をまくのに力を使うのと、
葉をまくように人間が改良してきているので、白菜にしてもレタスにしても、
原種にちかづくほど、結球しないことからもわかるように、なかなか難しいのですね。


そんなキャベツを
寺井さんはつくる土と技術をもっています。


銚子が産地だというのもあると思います。
でも、自然栽培ではやはり大変です!!


たとえば、
一般の栽培では、銚子で年間、キャベツは3回作れます。

肥料と農薬の力はやはりすごくて、年間3回もできるわけです。


しかし、自然栽培では年1回、土作りを考えると1.5年に1回というのが正直なところです。
これだけでも、たとえば3倍以上の価格がしても、しょうがないと思ってしまいますね。


肥料代金・農薬代金が節約されるとはいえ、それ以上に土をつくる時間と労力が必要になります。


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年々、よくなっているとはいえ、それは畑によってまちまちで、
土を浄化していく過程では、まったく作物ができなくなることもあります。


この畑は寺井さんも、土づくりのためにソルゴーを植え、腐植を豊かにして
なんとか来年は良い方向にもっていけるのではないかと話し合いました。



以前、この屏風ヶ浦沿いの岬の畑で、土の硬度を測ったことがありました。
土中に棒状のものをつきさして硬度を測るのですが、
寺井さんの畑ではそれなりに棒がつきささります。

しかし、となりの一般の畑では、体重のある自分や寺井さんが体重をかけて突き刺しても
ささらないくらいカチカチになっていたことがありました。


それだけ、農薬や肥料によって土を硬くしてしまっている。
土の活力がうしなわれていることを 身にしみた体験でした。


そんな畑ですが、
きびしいけれど、厳しい場所が年々よくなっていく姿を見れることも、
自然の力を感じられる一コマ一コマですね。



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産地担当の鈴木も、日々のみなさんからいただく声や、野菜の細かい品質を
寺井さんとしっかりと話していました!





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すでに冬の大根の種まきが済んで発芽していました!!

一般栽培ではこの段階で数回、農薬を撒きます。そうしないと芯喰い虫という虫が出て、
大根は消えてしまうんです。でも自然栽培の大根は消えません。タイミングや土の状況はありますが、
すごいことですね。



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こちらは大根の芽です。いわゆる「かいわれ大根」状態です。
もうすぐ間引きをして、1本だけにします。




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畑で微笑む寺井さん。


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ソルゴーによる土作りの後。肥料分を抜くこと。「肥毒」を抜くことを
今まで以上に意識されていました。

寺井さんいわく、やればやるほど、奥が深いといいます。



一般的ないわゆる肥えた土で、確かに自然栽培ができるが、
化学物質過敏症の人に食べてもらうと、
自然栽培にして年数がたっている土の野菜は一番食べられるという。
肥えた土のものは、年数が浅いと、たべずらい人もいて、
一般的な土の力だけではなく、
やはり土が浄化されていく必要性をひしひしと感じているとおっしゃっていました。


自然栽培はすごいね。土ってすごいね。とお互い繰り返して確認していました。



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ソルゴーを刈った畑。



確かに、放射性物質の問題はあるけれど、
大切なのは、母体となる土をどれだけ清浄にそして本来の力を発揮できるべく
正常に育んでいけるかということ。


放射性物質で食に対する関心は深まったけれども、
放射性物質を意識するだけでは、実は本質的な解決にはならない。
なぜなら人体を害するものは、放射性物質だけではないからだ。
いわば最低限の問題といえる。


そして、放射性物質で仮に1000人に1人が死ぬとしても、
999人は生き残る。それが自然界の現実ならば、トータルでの生命力をつける必要がある。
そのためにはやはり食が重要なんだと思う……。

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その食を左右するのが、土。

そして、
歴史上最も底辺にいるように思われながら、最も自然界の最上流にいるのが農業者や一次産業に関わる人たち。


土がなくては、なにも生きてはいけないこと。
土を傷つけることは、自分自身を傷つけていることだと
年々、思いが強くなる。



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長年取り組んでいても、地域の中でちょっとしたことで批判されてしまうという寺井さん。
全く価値観が違う中で、向き合っていくしかないという。

土作りのために育てていたソルゴーにキャベツにでる虫がでて、
夜中、近隣の農家がソルゴーにはやく農薬を撒け!と怒鳴り込んできたという。


都会の食卓で、無農薬の野菜を当たり前のように食べてしまうときもあるけど、
現実の中で、継続してこうした野菜たちが形になっていることは、やっぱり尊いことだと思う。


すこしでも地域の認知が深まるよう私たちとしても尽力したい。



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寺井さんのネギ。この畑は砂地でネギには向いているようです。

台風にも耐えて、立派に成長してくれそうでした。



銚子という日本の食をになう重要な拠点にあって、孤軍奮闘する寺井さん!
日本のために、先駆者としてがんばってください!
と改めてお話してきました。

自分たちも、やらねばなりませんね。


寺井さんも、ゆくゆく耕作放棄地が増えてくるだろうけど、
なんとか手をうっていきたいとおっしゃっていて、
ハーモニーとともに自然栽培で活性化できればうれしいとおっしゃっていました。


種づくりと土作りのことをお互い確認試合ながら、来年の話なども細かくできて、
有意義な一日となりました!

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posted by ナチュラル・ハーモニー at 21:28| Comment(0) | 生産者さんの情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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